総括レポート
あなたは今年のビバラに何を見たか?
シーンを想う猛者共の狂乱が指し示す
未来への一筋の光
毎回、ビバラはその日ごとのカラーがなんとなくあって、それは今年も同様なのだけど、今年はそのカラーがグラデーションになっていて、最終日に近づくに連れて音の激しさが増していっているように見える。そんな音が好きな人たちにとっては今日がその頂点。そして、ビバラは最終日。様々な要因が重なって、混沌を極めることは容易に想像できる。幸いにも4日目まで怪我人ゼロ。今日も激しさと怪我人が反比例すれば何よりだ。
そんなカオスの幕開けを告げたのは四星球。ただ、ストレートに楽曲からなんてはじまらない。「今から鹿野さんを胴上げしましょう!」と北島康雄(Vo.)が宣言し、「鹿野」と「しかと」と段ボールに書かれたプラカードが揺れるなか、10回宙を舞う鹿野。そして、「鋼鉄の段ボーラーまさゆき」をプレイする。「まさゆき」と書かれたダンボールを背負ったまさやん(Gt&Props making)が「まさゆきー!」とコーラス。この曲だけでも、ビバラ名物のオブジェを模した段ボール3体とミラーボールの段ボール1個が登場。さらに、北島は観客を右へ左へと移動させ、最後は自分もブリーフ姿のままフロアへ突入。1曲の情報量が多い。ちなみに、これでもだいぶ説明を省略している。
MCで北島は、今日1日が終わる頃には自分たちのライブなんて忘れられてしまう、でも忘れられるということはビバラの成功を意味する、とコミックバンドらしく自分たちのことを卑下した。しかし、これだけでは終わらない。「でも、明日から仕事がはじまってつまらないなあと思ったときにこの日のライブを思い出してください!」ここにロックバンドとしてのプライドが見えてグッとくる。
彼らのパフォーマンスを観るたびに、無駄が削ぎ落とされているような気がする。間の使い方、表情の作り方、ネタ的な意味でのアンサンブルも素晴らしい。それと同時に、混沌を生み出すことにも長けている。“馬コア”ではサークルピットを生み出し、“Mr. Cosmo”では北島がステージを降り、幟を持ってフロア後方まで堂々たる練り歩き。そんな彼に多数の観客が「ハーメルンの笛吹き男」の如く吸い寄せられるという異常な光景を描き出した。結果として、北島はこの日最も長時間フロアに降りたボーカリストとなったのだった。TOSHI-LOWでもなく、Kjでもなく、MAHでもなく、四星球の北島康雄だったのである。
前日にELLEGARDENの一員としてSTAR STAGEのトリの役目を果たした生形真一(Gt)が、15時間後にNothing's Carved In Stoneとして隣のVIVA! STAGEに登場した。正直、かなりキツいスケジュールだと思ったけど、彼の鋭いギターからはじまる「Deeper, Deeper」が鳴り出してほんの1秒でそれが杞憂だったことがわかった。幾重にも折り重なる音の層は、頭を振らずにじっくりと耳を傾けていたくなるほど緻密で重厚感があって、心地よい。質実剛健な工業作品的クールさも感じさせつつも、やっぱり一級の芸術作品である。
どの曲のどの瞬間も生形のギターは素晴らしいし、日向秀和(Ba)のプレイも最高だ。彼が繰り出す、控えめなアクションに反比例したど派手なフレーズの数々には様々な技術がふんだんに盛り込まれていて、見ているだけでも心底楽しい。だからこそ、大喜多崇規(Dr)によるシュアで安定感のあるドラミングがグッとハマる。彼らのライブを頻繁に観ているわけではないけれど、音の純度が以前よりも高まっているように感じるのは気のせいだろうか。
一流のインストバンドとしても成立し得るんじゃないかってぐらい堅牢で芳醇な演奏を誇る彼らだけど、やっぱりここに色気たっぷりの村松拓の声が乗らないとNothing's Carved In Stoneにはならない。最近、ソロとしての活動も活発な村松は、MCで「3年間、よく耐えたね。よく頑張った! 一緒に楽しくやっていこう」と優しく声をかけた。その姿はロックスター然としたものではなく、ともにコロナ禍を生き延びた同士としての言葉だった。こんなふうにストイックさと人間味がいいバランスで溶け合っているからこそ、ナッシングスは稀有で特別なバンドであり続けるんだろう。
彼らの音と心にただただ没頭していたら、いつもの間にか最後の曲“Spirit Inspiration”になっていた。まんまと4人のマジックにかかっていたようだ。
ビバラ5日目はここからパンク/ラウドの色をより深めていく。ROTTENGRAFFTYの登場である。極悪な音を鳴らすバンドは数多くいるが、彼らからはほかとは少々異なる気合、魂を感じる。ギターの音作りからワルいし、そこにはしっかり意味があり、ロットンの音は「点」ではなく「面」で容赦なく襲いかかってくる。だからこそ、NOBUYA(Vo)が言い放った「殺す気でかかってこい!」という煽りに観てる側は気が引き締まるのである。“D.A.N.C.E.”だって単純に楽しく踊る曲だとは思えない。いや、もちろん、そうやって楽しんでもいい。それは自由だ。この日も、曲中で観客全員を座らせてジャンプさせるという遊び方もしていた。しかし、彼らのダンスは決して表層的なものではなく、魂の舞いである……ほら、今もN∀OKI(Vo)が「中途半端な気持ちでROTTENGRAFFTYのライブを見んといてほしい」って言ってる。それがただのポーズじゃないことは、彼らの音を浴びている人間なら肌で感じているはずだ。
「猛者だらけの最終日。一等賞を獲りに来たぞ! いろいろあったと思うけど、あの日以上の未来を作り出そう!」とコロナ禍に発表したアルバム『HELLO』からプレイしたスローバラード“ハロー、ハロー”。N∀OKIはスマホライトを掲げるように観客に呼びかけると、一斉に無数の光が揺れた。そして、N∀OKIは言った、「ありがとう。この景色がどうしても見たかった」。この曲は結成から24年、様々な経験をしたからこそ鳴らせた音だ。それはほかのどの曲にも言えることで、「金色グラフティー」でフロアが一気にぶち上がったとしても、そこにあるのはただの狂乱ではなく、経験に裏打ちされた凄みなのだ。
もう、Kjから聞かれなくても言ってやる。ミクスチャーロックは好きだし、年を経るごとに深みを増していくDragon Ashのライブも好きだ。その想いは今回も変わらなかった。去年のビバラで3日目のトリを務めたときは、ちょっとした悲壮感を滲ませながらも、音楽ができるという純粋な喜びをストレートに表現している姿が印象的だった。だけど、今年は違った。ミニマルなところから徐々に音を重ねていく“Entertain”で壮大な音風景を描き出したあとに「百合の咲く場所で」のイントロが鳴り出すのだが、ここでKjが笑い混じりに言う。「なんか俺らのときだけセキュリティーの数が多くない!?」。実際、最前の柵前には屈強なセキュリティが多数揃っていたようだが、その警戒がまったく過剰でなかったことは言うまでもない。
Kjはとにかく嬉しそうだった。「ロックフェスはお前らのもんだぞ!」という言葉も去年とはまったく異なる響きを持っていた。もしかすると、この言葉のあとにはこんなフレーズが続いていたかもしれない。「だから、またお前らが新しい場所を、ルールを作っていけよ」と。
新曲“VOX”に続くセットリストは、バンドの想いを雄弁に物語っていた。“ROCKET DIVE”~“For divers area”~“Fantasista”。どれも去年はプレイしなかった曲だ。「おっしゃ、飛んでこい!」「飛び跳ねろ!」観客へ向けたあらゆる煽りをKjは満面の笑みで放り込む。グッチャグチャのフロアが再び見られたことは本当にうれしいんだけど、こっちとしてはライブのMCやKjの表情を通じて、バンドがどんな思いを抱えているのか知っていただけに、「よかったね、Kj」という同志に対する気持ちも確かにあった。
Ken Yokoyamaは2017年以来となるビバラ出演。前回もそうだったけど、彼らがビバラでライブをするときは場内が温かい空気に包まれる。両者の相乗効果がそうさせるのかもしれない。
4人はSEなしでステージに現れてしばらく無言で楽器をセットしていたので、様子をうかがうフロアの空気は若干ピリッとしていたけど、「VIVA LA ROCK、久しぶり! 今年は開催されてよかったね。これでまた楽しいことができる世の中になったらいいな。よし、はじめようか」という横山の第一声でふっと空気が緩んだ。
つい先日まで小さなライブハウスを回るツアーを行っていた彼らにとって、ビバラは久しぶりとなる声出しOKの大きなステージ。“Woh Oh”や“4Wheels 9Lives”などコロナ禍に発表した楽曲で起こるシンガロングは違和感がある。もちろん、いい意味で。
今日の彼らは2人の人物に想いを寄せてふたつの曲を準備した。まず、病気療養中のチバユウスケへ向けた“Brand New Cadillac”。これはチバがゲストボーカルとして参加した楽曲だが、横山ひとりでメインを執った。これが素晴らしかった。演奏後、自分ひとりで歌ったことを詫びていたが、とんでもない。ギターソロもキレまくっていたし、名演だったと思う。
もう1曲は、今年2月に急逝した恒岡章を想いながら披露した“The Sound Of Secret Minds”。前述のツアーでもプレイしているHi-STANDARDの名曲だが、これが心の奥にあるセンシティブな部分を刺激した。いつの間にか、Minamiの代わりにHEY-SMITHの猪狩がギターを弾いていた。みんな、気持ちは同じだったはずだ。深い悲しみというものは他人とシェアできる感情だとは思わないが、この場でこの曲をみんなで聴けたことはよかったと思う。しかし、彼らはすでに前を向き前進している。コロナ禍前に恒例となっていた客席へのマイク投げも復活した。この日、最後にプレイした“Believer”のサビの和訳にはこうある。
<オレは生きれば生きるほど もっと夢見るようになる
どんな手を使ったって この気持ちは変えられない
だからキミも そういう気持ちに逆らおうとしないで
オレの手をとってごらん そうしたらキミにもわかるよ>
リリース当時とはまた違った風景が見えてこないだろうか? だから音楽は面白い。
去年、アメリカで初の単独公演を行ったことが大きいのか、「自由への戦いはここが始まり」という言葉とともにプレイした“The Rumbling”から“BASEBALL BAT”という流れがそう感じさせたのか、はたまた映像演出による効果なのか、理由は判然としないが、久しぶりに観たSiMのライブはショーの要素が色濃く出ているように感じた。結成20周年を来年に控えているSiMというバンドが今、このタイミングでさらなる進化を遂げようとしている過程を目撃できた気がしてうれしかった。MAHはもともとショーマンシップを持ち味としているボーカリストではあるが、随所で細かい表現が光っていた。
とはいえ、基本的には人間・MAHが全開なわけで、「おい、鹿野」という呼びかけから、鹿野氏が今年でVIVA LA ROCKの顔役から引くことを嘆いたり、ライブシーン、ロックシーンの今後について「イチから作り直さないといけない」と強い危機感を示したり、彼曰く「京都くんだりの人しか知らないバンド」10-FEETに嫉妬したり、あらゆる感情を放出した。
その上で“Blah Blah Blah”~“KiLLiNG ME”でフロアとともに大爆発する様は圧巻だった。このパワーが今年開催される全米ツアーで放たれるかと思うと今から興奮する。
今年のビバラでは多くのアーティストがフロアで怪我をしないようにとそれぞれの表現で注意勧告をしてきた。それはSiMも同じだったが、「そもそも、ロックは危ねえもんなんだよ」というひと言を忘れていなかった。そして、“f.a.i.t.h”で巨大なウォールオブデスを起こしたあと、「これでもいいっていうヤツだけ一緒に闘ってください。ありがとう」と言い残し、4人はステージを去ったのだった。
今年のビバラは制限をかけなかった。しかし、怪我人は出なかった。これはフェスに参加している一人ひとりの意識の賜物だ。だからといって、これで大丈夫ということはない。MAHが言っていたとおり、またイチからシーンを、ライブハウスのカルチャーを築き上げ、若いファンに伝えていかないといけない。そんなことを強く思うビバラ最終日だった。
テキスト=阿刀“DA”大志
撮影=小杉歩

